技術と表現と

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寺山修司インタビュー書き起こし

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寺山修司インタビュー書き起こし


以前、ふとしたときにこの動画に出会いました。

youtu.be

市街劇や観客席、といった寺山修二を代表する演劇について、寺山修司自身が語っている動画です。
これを見て、どんなことを考えて劇を作っていたのか、本当に心にしみました。

インタビュー動画は、24分ほどありますが、内容を振り返りたいときに、文章の方が楽なときもあります。
そこで、自分の振り返りも含めて、途中まで(映像が一旦途切れるところまで)の書き起こしをしてみました。


一番最初に僕らが演劇でやろうとしたことは、

非常に文化的なスキャンダルというか、
社会が1960年代というのは激動期にあり、大学闘争がちょうど始まりかけた時期

演劇で何ができるか?
その頃、演劇というのはほとんど
新劇とか新派、歌舞伎とか従来の区分けでなされているものだけ

しかし、例えばパリの5月革命では、学生がオデオン座に逃げ込んで、立て篭ったりして、オデオン座の劇場空間が、そのまま学生たちの学生闘争、5月革命闘争の拠点であったりした。

ところが日本の劇場では、やっぱり外国の翻訳劇をやって、日本人が髪を赤く染めて、トニーとかヘンリーとか言って、そういう芝居をやっていたわけですけど、

そういう、なんか、ためになるけどおもしろくない新劇というものに対して、一つこう、演劇によっても市民の日常的な惰性的な生活をね、揺さぶりをかけてみたいと
それで、一番最初の頃は、ほとんどサーカスとか手品とか見世物にあった、一種の奇形の祝祭性というかね
小人とか大男とかそういう人たちが舞台の上に出て、サーカスの淳太と共に、世の中を告発するようなものをやっていた。

で、その頃は文化欄なんかに天井桟敷の活動が載ることはなくて、ほとんど社会面を賑わす。

それから、演劇というものを考えていくと、映画でもニュースとかドキュメントといったものと、それからフィクション・物語っていうのがあるのに、演劇になんで、ニュースとかドキュメントってのがないんだろうか、と。

それで、杉本はるこなんかが、森本薫のかいた女の一生をやるよりも、
なんか、角のタバコ屋のおばさんの生きてきた一生を語る方がはるかに感動的かもしれない、と。
そういうことから、あらゆる人間は俳優であるという視点に立って、かたっぱしから素人ばっかりを舞台の上にのせて、
それでまぁ、昨日就職したばかりの女の子が、自分の勤め先のレストランのメニューを読み上げて、朗読したりするとか
トルコ風呂の用心棒をやっている人が、トルコ風呂でしてはいいこととしてはいけないことを自分がまとめたのを作曲して、それを全員で合唱するとかね。
そういうようなことをやって、ますます顰蹙を買っていたわけですけど、
しかしまあ、そういう形で一つあらゆる人間が、物語を提供するというのではなくてね、
要するにドラマというのはどこにでもあるんだという、そういう視点で、演劇というのは社会科学をある意味で挑発できる、そういうものとして考えたいと。

そういうことをやっているうちにだんだんと、演劇というのは一体なんなのか、
演劇というのは本当に、新聞の社会面に載っている殺人事件やなんかと同じくらい面白いものなんだろうかという、
そういう疑問がだんだん出てくるようになったんですね。

で、劇にはまず台本がある。
で俳優がいて、劇場で公演すると。
そういう一つの約束事があるけど、一体台本というのはなんなのか。
一人の劇作家と称する人の空想を集団で、こうなんか実地検証するようなことを一応演劇と言っているわけですね。

その劇作家がここで立ちどまってあくびをするって書くと、その俳優は毎日上演時間になるとあくびをするわけですね。
生理的欲求とは関係なくあくびの場面ではあくびをし、笑う場面では笑うわけですね。
でまぁ、そういう劇作家の一人の考えたことを、集団でそのまま複製していくというようなことはバカげているんじゃないかと。

今いろいろ映っている映像は、僕らが外国で公演した時の海外公演をやった場所とか、劇場とか、
そういう場所です。

それで、一人の劇作家の空想を集団で実現していくんではなくて、集団で空想できる、つまり一種の共同で一つの想像力みたいなことを
作り出していくという、
そういう形で演劇というもののかたちを考えられないだろうかという、
そういうことから、一人の劇作家の物語ではなく、集団で作り出していく空想を実現していく、
という形で考え直すとどうだろうか。

それから、さて劇場というのは一体なんだろうか。

劇場というのは、なるほどここで行われる限りは、どんなことをやっても許されているわけですね。

街で人殺しをやるとすぐに逮捕されますけども、
舞台の上だったら、子供がそれをやってもうまかったとかっていったりするわけでしょう。

それは、例えば佐川一政という人が、自分の恋人を殺して、その肉をすき焼きにして食おうと思ったというのが、非常に猟奇的な社会的な事件として騒がれたけど、
同じ時期に、帝国劇場で鳳蘭市川染五郎が、人を殺してその肉でハンバーグステーキを作って、それを食わせてお金儲けをするという、
スイニートットというブロードウェイのミュージカルをやって、それでそれを観ながら、お客さんたちは「まぁ、染五郎って素敵だね」とか言いながら拍手しているという。

同じ人肉を食べるということも、劇場の中で行われるときに、全く衛生無害になってしまうと。
しかしそれが街の広場で、あるいはある団地アパートの一室で劇として演ぜられた場合でも、
それは劇なのか現実なのか、非常に紛らわしくなってくると。

まぁ、絵画の世界でもスーパーリアリズムっていうのが流行った時期がありましたけど、
そういう意味で、紛らわしい現実っていうものがこうある意味で、日常生活に対する非常に効果的な告発力というものを持っているんじゃないかと。

そうすると、禁煙等と非常灯がついて、でここの上でやることは何をやってもオッケーですと、
お上から許可の出た、そういう上で一生懸命やる役者が、反体制的な演劇をやっててもね、
これはやっぱり限界があるんじゃないかと。

そういうことを考えるようになったんですね。

それから、俳優っていうのは一体なんなんだろうかという、
そういうことも考えるようになった。

僕らは劇団を作ってから一度も芝居が終わった後、こう、役者が一列に並んで、恒例の役者紹介をって言いながら一人一人お辞儀をして、こう拍手をもらうという、
そういうことをやったことがないんですが、それはなぜかというと、

俳優っていうのは結局代わりの人間として居るわけですね。
演劇だけじゃなくて、映画でもそうですけど。

だから、例えば高倉健がヤクザ映画で菅原文太が大暴れして、こう、暴力的になんか敵の親分なんかを刺したり殺したりすると、
その後、観客が一仕事したように肩を怒らせてね、目が座って映画館から出てくるわけだけど、

本当は自分が何にもしてあげたわけではない、と。
ただ、自分の日常のイライラなんかを代わりに晴らしてくれる人間がいることによって、
日常のイライラを爆発させるというエネルギーを失ってしまうという、
そういう意味で、暴力の映画っていうのは日常の暴力を、ある意味で制御する装置として、
一つ社会に認可を得て成り立っているという、そういう感じがある。
そういう代わりの人間というもの、
代わりの人間が喜んだり笑ったり、人を殺したり、失恋したり、
そういうようなことをみんな観て楽しんでいるけれども、
実際にはみんな自分のドラマを要求しているわけですよね。

自分の人生の中にも過激な出来事を、ドラマティックな出来事を期待しているけれども、

自分の実際の生活の中では何も起こらないと。
で、それを劇場に行って身代わりのドラマを求めている。

だから、俳優がいる間、自分たちは自分自身のドラマを持たないで済むっていう、そういうことがある場合は、俳優というものをいかにして、
俳優としてではなくね、隣人として感じられるような劇的シチュエーションを作るかってことが大事だと。

そういう風に思っているわけです。
もちろん俳優がある意味で霊媒とか、あるいは巫女とかね、
そういういろんな意味で、呪術師的な効果を要求されるための訓練、
非常に激しい訓練が必要だとは思うけれども、
しかしそのこと、演芸をしてお辞儀をして拍手をもらうという歌手みたいな形で考えた場合、
演劇というのは単に芸能の世界の1ジャンルになってしまう。

それではダメじゃないかと。

そういう意味で、台本とか戯曲、
台本とか俳優、劇場とか、そういう従来の演劇的な装備っていうものは一つ一つ疑ってかかったらどうだろうか、と。

そういうことでまぁ、市街で演劇をやるというようなことを始めるようになったわけです。
それでこの、日常生活の、つまり普通に暮らしている団地のアパートの奥さんのところに、ある日、全くわからない手紙が一通届いたりすることから始まったりするドラマとかね。

そういう、観客っていう第三者の立会いなしで成り立つ演劇っていうようなことを考え始めるようになってからかなり色んな形で市街劇っていうのをやってきたわけですけど、
その度に逮捕者が出たり、変なスキャンダルに置き換えられてね、なんかフレームアップされていつの間にか別件逮捕という感じで、
なんかそういうことができにくいという状況になってきたと。

それでは一つ、非常に閉鎖的な密室、観客というものとの密接な関係の中で演劇というものを考えてみようと。
例えば、劇というのは見るものだという風に思っているわけですけど、もし真っ暗で見えない劇場というのがあって、
そこの中で劇が上演されていたという場合、観客は見ることができないから、
感じる、あるいは触れる、そういうことしかなくなる。
あるいは、自分自身で明かりを作りだしてそれを見る。
つまり、なんかの形で自分自身から参加していくっていう意識がなければ、劇との関係っていうものが生まれてこないと。

それから自分が観客席に座って、安心だと思っているけれども、観客席の隣に座っている人が俳優ではないと誰が言い切れるかと。

そういうことを含めてね、観客席という演劇をやったり、
いろいろ試行錯誤しながら、自分たちの表現の場をこう演劇という形式を通してまぁやってきたと。

で、そういうことが今までの天井桟敷が今までやってきた演劇の基底にある姿勢なわけですね。

で、最近はまぁあの、
ここ3、4年は、はるみの国際貿易センターのような広い場所でやっているわけですけど、
これはあの、一つ人間観というものについて、今までね、演劇というのは人間ていうようなものを、こう人格の問題としてね、
一つのできあがった人間像というものを、チェーホフスタニスラフスキー・システム以来ずっとこう、
人物の性格とかそういうものを問題にしてきたんだけども、
それがいいのかどうかと。

そういうことも少し疑ってみようと
この数年、疫病流行期っていうのと阿呆船というのを立て続けにずっとやってきたわけですけども、
それで、疫病流行期っていうのは、演劇っていうものを伝達するんじゃなくて伝染させていくということは可能だろうかと。
アントナールトという人があの、ペストという演劇の論文の中で、
非常に大量の人間がペストで死んだという歴史的な事件において、
死んだ屍体を調べてみたら、誰一人としてペスト菌というようなものを持っていなかったと。

彼らはペストにかかったという幻想に取り付かれて集団で死んでしまったという、そういう非常に、伝染していく演劇、っていうものを問題にしている。

疫病流行期、っていう演劇では客席の中にたくさんのカーテンを用意して、
見えたり見えなくなったりするという、
そういうことをこう、
観客がちょうど、魔法陣のように、いくつかに区切られた空間の中にいて、
Aの座席にいる人と、Bの座席にいる人とでは、見えるものが全く違って見える。

それぞれが、自分たちの見えなかったものを含めて、空想で組み立てて演劇が成り立っていくという、
そういうことを、やってきて、

そのうちに、頭でっかちになっていく、という自分について考えるときに、

実際、歴史上の人間の過ちというのはほとんど理性が起こしてきた、と
原子爆弾を作ったのは人間の狂気ではなく理性ですからね。

そういう意味で、理性っていうようなものと狂気っていうようなものについて、考えてみようと。

それで集団で考えながら作っていった阿呆船という演劇がある。

15世紀というのは、詩を書いたりお酒を飲んだりする人もみんな、狂人の扱いを受けて、阿呆船に収容されて沖に流されたそうですけど、

そういう意味で、理性のカテゴリーと狂気のカテゴリーは、まったく時代によって違っていたというのがあって、

そうこうしながら日本で半分くらい、海外で半分くらい公演しながら活動してきて、
かれこれ16年くらい、劇団活動が存続してきた。