技術と表現と

『技術と表現』をメインテーマに据えながら、自分の興味あることを日々綴っていきます

組織における余白の設計

久しぶりに脳内が湧き踊るようなものを見ました。 素晴らしかったです。

abema.tv

この話の中で、50分過ぎくらいに、
- 「国民全員クリエイター/発信者」
- 「クオリティは作り上げたもの/完成品ではない」
- 「発信者に対して上手に余白を作ってあげる/参加させる」
- 「とするとディズニーには余白がない。完璧だから」
- 「そこに勝機を見出しているっていうのがまず一個あるよね」
という言葉が出てくるのですが、ここが一番面白かったです。

と同時に、これはやっぱりBy Nameの話にも関わるし、会社勤めの人にも適応されていくべき思想だと思いました。
そのことについて、今日は少し語ります。

yamamoto-info.hatenablog.com

yamamoto-info.hatenablog.com

会社組織に適用すべき余白の設計

さて、結論から言ってしまいます。
会社組織には余白が必要であり、1サラリーマンであっても、By Nameで社会に名前を出していったほうがいいことがたくさんある
ということです。

VALUの話に関連したBy Nameの話では何度も、個人名を社会に浸透させることの重要性を話してきました。
その思いは変わりません。
ただ、結構強めに書いて以来、ケンカ腰と思われがちですが、1つ思い直した部分はあります。

経済は選べるようになるか?個人が主役の『時間経済』の試み | 佐藤航陽のブログ

色々と参考にさせてもらっていた佐藤航陽さんのブログの中で、経済を選ぶ自由を許容しているのを見て、「By Nameで生きようと思わない/生きたくない人」を許容するべきなのかもしれないと思ったからです。

個人的感覚では全然理解はできないですし、そういう人が周りに溢れていたら息苦しくてしょうがないのですが、身近にいない分には許容をある程度すべきなのかもしれません。

しかしながら、それはさておきとして、僕の個人的見解を展開するとすれば、やはり会社にも各社員が社会にアピールできる「余白」がきちんと設計されているべきだと、今回の動画を見て改めて思いました。

それはどういうことかといえば、基本的に、会社で働いていると、外に対してアピールする機会をなかなか与えられません。
何かサービスを作っても、多くの場合それを作ったのが自分だとアピールしたり、勝手に社会に訴えかけることを会社は許容してくれません。
会社員として作ったものは、会社に帰属し、個人に還元されるものといえば給料くらいになってしまいます。
しかしながら、インターネットとSNSに強く影響を受けている今の時代にそれはそぐわないのです。
評価経済を選択できる時代にあっては、「金銭」が絶対的な指標でもないし、金銭をもらうこと以上にお金になるものがたくさんあるのです。
誰だって発信者になる時代なのだから、その自由を許容し、むしろそれを活かした設計になっていなければならないのです。

思い返してみれば、インターン時代やアルバイト時代に感じた窮屈さというのは、そういうところだったのかもしれません。
もちろん社内でお互いをチェックする機能が存在するのは大事だし、それが自分を高めてくれるのは間違いないのですが、社外の/社会全体の中で自分がどう存在するかが常にフィードバックされるような環境も必要だと今は思っています。

VALUに関しての記事を書いて以来、訴えかけていることはずっと一貫しています。
個人で独立して生きていけないことに、ずっと息苦しさを感じているのです。
会社員に普通になっていく同世代の知人・友人を見ていると、とても感覚的に納得できないのです。

だから、ずっとこんなことばかり言っているのです。
互いに独立してやりあっていける人が、周りにもっともっと増えていってくれたら、この上なく幸せなんですけどね…